バストグロウと特許

最近、特許技術と称して、バストグロウを名乗るクリニックがあり、当院にも、特許関係の問い合わせが来ています。特許と言うと、一般的には「何かすごいもの」と言う印象があるかもしれませんが、一般的な産業と違って、医療行為においては、扱いが異なります。そこで、医療における特許というものを、少々解説しておきたいと思います。

概要としては、下記のとおりです。

  • 医療行為は特許権を取得できない。
  • 薬品の配合は、特許を取得できる。
  • しかし、調剤行為には特許権は及ばない。
  • 特許を利用するとするならば・・・・。

医療行為の特許は存在しない

まず、医療行為は、特許を取得できません。それは、出願があっても、特許庁が拒絶するためです。 だから、○○病の手術法の特許や、○○病の治療法の特許は、聞いたこともないと思います。存在しないからです。

医療行為の発明は産業上利用できる発明にあたらないという趣旨の審査基準を定め、 医療行為に関する特許出願を拒絶している。
人間を手術・治療・診断する方法(医療行為)~(特許庁編「特許・実用新案 審査基準」より抜粋)
(1)手術方法 外科的手術方法、採血方法、美容・整形のための手術方法、手術のための予備的処置など
(2)治療方法 投薬・注射・物理療法等の手段を施す方法、人工臓器・義手等の取り付け方法、風邪・虫歯の予防方法、治療のための予備的処置方法、健康状態を維持するためにするマッサージ方法、指圧方法など
(3)診断方法病気の発見等、医療目的で身体・器官の状態・構造など計測等する方法(X線測定法等)、診断のための予備的方法(心電図電極配置法)など
https://www.jpo.go.jp/resources/shingikai/sangyo-kouzou/shousai/tokkyo_shoi/document/seisakubukai-01-shiryou/tokkyo_6.pdf

医療行為は特許を取得できませんが、薬品の配合は、特許を取得できます。薬品の配合とは、「何かと何かを混ぜると、こんな薬ができます。」というものです。具体的には、「抗ヒスタミン剤と、この消炎剤を混ぜると、いい風邪薬ができます。」などと言うものです。バストグロウに関して言えば、「この薬とこの薬を混ぜると、豊胸の注射薬ができます。」ということです。当然、このような特許を取得するためには、新規性(これまでになかったものであること)
と、実験データが必要ですが、特許庁も、出願された案件すべてについて、これらを精査するわけにもいかないため、異議の申し立てがない場合は、特許を認めます。

配合の特許は、調剤には及ばない

そこで、この、配合の特許なのですが、病院やクリニックで同じものを調剤して、患者さんに使うと、特許権侵害になるのかという疑問が出ると思います。答えとしては、特許権の侵害になりません。調剤は、医療行為の一部とされていて、特許の効力が及びません。このことは、特許法で明確に規定されています。

特許法 第六十九条3 二以上の医薬(人の病気の診断、治療、処置又は予防のため使用する物をいう。以下この項において同じ。)を混合することにより製造されるべき医薬の発明又は二以上の医薬を混合して医薬を製造する方法の発明に係る特許権の効力は、医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する行為及び医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する医薬には、及ばない

つまり、医療機関運営上や業務上、通常は、医療は特許とは無縁のものなのです。このような理由から、病院や医師は、業務の性格上、特許を取得しようなどとは、通常だと考えません。勿論、当院も、特許出願などは行いません。

このように、診療においては全く無意味な特許取得ですが、薬剤の配合で特許を取得したほうがいい場合もあります。それは、医療機器や医薬品を研究していて、その中で発明・開発を行った場合です。その場合、製品として販売することが前提です。医師が直接、販売をすることはまずないのですが、医療機器メーカーや製薬会社が、発明を元に製品化します。バストグロウで言えば、効能が豊胸という薬を創ることです。しかし、医師個人や医療法人が、薬剤を製造して販売することは、医療法・薬事法違反となりますので、製薬会社と組んで、または、製薬会社を立ち上げて、創薬に挑むということになります。ただ、現実的には、このような需要の少ない、調剤レベルの配合特許を、製薬会社が使用権料を払って、厚生労働省の承認を取得して製品化・販売するとは、考えにくいでしょう。また、製薬会社を立ち上げるにしても、設備や人材の確保と許認可の関係で、大きなハードルがあります。したがって、遵法精神上も、当院はバストグロウの特許を取得しようとは、考えません。

特許制度の利用

以上のように、全く以って、医師や医療機関が特許を出願する動機が、理解不能なわけですが、考えられる可能性として、以下のものがあります。

  • 宣伝・広告
  • 恫喝
  • 資産隠匿・節税

特許を、自院の宣伝・広告に利用する

最初に述べた通り、一般的に、「特許」と言う言葉の響きには、優越性(凄く良いものであること)と特殊性(そこでしかできないこと)のイメージがあります。したがって、特許を謳うことには、宣伝・広告上、患者を誘引する作用があります。しかし、それは医療技術の特許ではなく、さらに、配合であっても、診療上は無効な特許です。したがって、これは制度を悪用した虚偽広告です。

薬剤配合独占のための恫喝

特許法には、特許権の侵害に対して、以下のように、罰則が設けられています。

特許法 第百九十六条の二 第百一条の規定により特許権又は専用実施権を侵害する行為とみなされる行為を行つた者は、五年以下の懲役若しくは五百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。

しかしながら、特許自体が調剤行為には効力が及びませんので、調剤配合の独占は不可能なことです。この規定を以って、薬剤の配合を独占できるのは、対製薬会社のみになります。また、医療行為に特許権が及びませんので、医療機関・医師は、普段の診療では、特許を意識することはありません。したがって、特許法の罰則規定など、大半は知ることがないと思われます。そこで、医療機関に対して、上記の、特許法 第百九十六条の二 を以っての恫喝は、効果があるかもしれません。しかし、場合によっては、恐喝行為になりかねない事案となるでしょう。

資産隠匿・節税

これは、所謂、MS法人を利用した手法なのですが、かなり脱法的な要素があります。具体的には、クリニックや病院を運営する医療法人とは別に会社を造り、そこに特許権を移管します。そして、クリニックや医療法人からは、その会社に特許の使用料を支払う方法です。これがなぜ、節税や資産隠匿の方法になるかと言うと、クリニックの経費を水増しできるからです。また、医療法人の役員については、いろいろな規制があり、役員報酬に関してもある程度の基準があります。しかし、株式会社については、それらがかなり緩く、年少者や超高齢者にまで、高額な報酬を支払えます。つまり、累進課税の制度の抜け道として、所得の分散を図ることができるというわけです。さらに、クリニックや医療法人が、払うべきものを払えなくなっても、この会社に蓄積された資産は、差押えを免れることができます。

MS法人とは、Medical Service法人の略で、医療の周辺業務を担う法人という意味です。元々は、薬価差益が大きかった時代に、薬剤や医療機器の在庫管理や発注事務業務を、クリニックや病院とは別の法人を造って、そこに委託して、支払いをするという形をとったものです。そうすることで、クリニックや病院の収入を圧縮し、経費を増加させることで、節税効果を図ります。薬価差益の減少と院外調剤の普及、さらに、一人医師医療法人が可能になってからは、医療機関の利益が少なくなったのも相俟って、現在は少なくなっています。